近年のコロナ禍による業績低迷により、資産を圧縮して財務を身軽にする「アセットライト経営」が注目されています。具体的にどのようなことを行うのか、注意すべき点はあるのかなど、気になっている方も多いのではないでしょうか?
そこでこの記事では、アセットライト経営の概要からメリット・デメリット、事例までを解説します。
アセットライト経営とは
アセットライト経営とは、資産(Asset)の保有を抑え、財務を軽く(Light)することを目指す経営を指します。企業が保有する資産には、建物、自動車、航空機などさまざまにあります。それらを所有・活用することで企業は利益をあげますが、人件費や減価償却費など、付随してさまざまな費用が発生するのも事実です。
そこで、資産を売却して売却益を主力事業へ配分したり、所有からリースに切り替えて運営業務へ集中したりして、収益性を高めていくのがアセットライト経営の主な目的です。
アセットライト経営のメリット・デメリット
アセットライト経営を実践することに、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか?以下では、具体的なポイントを紹介いたします。
メリット:財務リスクを軽減できる
アセットライト経営を実践する最大のメリットは、事業で発生しうる財務リスクを軽減できることです。例えば、自社で資産を保有していると、付随して以下のような費用が発生します。
- 建物など資産の運営費用
- 人件費
- 減価償却費
- 減損損失
事業の調子がよいときであれば、これらの損失は微々たるものに感じられるでしょう。しかし、大幅な業績低迷が生じた際、赤字になったときでも運営費や人件費といった固定費は常に発生し続けます。特に固定比率の高い事業では、資産の保有は財務リスクの高まりに直結するのです。最近ではコロナ禍により、ホテル事業や航空関連事業、レジャー関連事業が固定費の支払いに苦しみました。
アセットライト経営を実践することで、上記のような財務リスクをアセット保有事業者へ移転できます。固定比率を下げ、変動費率を高めることで、業績悪化時にも強い財務基盤を維持することが可能です。
デメリット:サードパーティーリスクが高まる
特に、アセット保有者の資産をリースなどで活用する場合、サードパーティーリスクの高まりに注意する必要があります。サードパーティーリスクとは、サードパーティー(第三者)が自社の事業に及ぼすリスクや脅威のことです。具体的には、以下のようなことが考えられます。
- 倒産による資産の供給停止
- 贈収賄の発覚による信用低下
- セキュリティ対策の不備によって発生する情報漏洩・サイバー攻撃
- 資産の状態悪化・品質低下 など
アセットライト保有者の資産を活用して運用を進める際は、信用のおける会社と取引を行う必要があります。
アセットライト経営の例・アイデア
ここでは、アセットライト経営を実現するために、自社が行える施策を3つ紹介します。
物流アウトソーシング
最初に、物流アウトソーシングを活用する方法です。物流アウトソーシングとは、自社の物流業務を物流専門の企業へ外部委託することを指します。具体的には、入荷、保管、出荷、配送、返品といった業務を委託可能です。特に最近は、物流業務だけでなく、物流改革のコンサルティングまでも担う「3PL(サードパーティー・ロジスティクス)」を活用する企業が増えています。
物流アウトソーシングを活用することで、自社で所有する物流センターやトラックなどの資産を手放し、財務を軽くできます。また、物流業務を専門とするプロに依頼できるので、財務面だけでなく物流品質の面でも改善が期待できるのです。
ファブレス経営
ファブレス経営とは、製品の企画・設計は自社で行い、生産工程は工場(fab:fabrication facility)を所有せずに外部委託して行う経営形態のことです。資産である工場を手放し、人件費や建物の減価償却費といった固定費を削減できます。
特に、流行り廃りの激しい製品を扱う場合、顧客ニーズに合わせて生産体制を頻繁に変更する必要があります。例えば自社工場で生産ラインの変更があったとき、設備変更、人員体制の変更、余剰在庫などが生じてしまいます。一方、ファブレス経営では、これらのリスクを製造企業(ファウンドリ企業)へすべて移転できるのです。
また、従業員管理・在庫管理・入出荷管理などの各種管理業務から開放され、リソースをコア業務に集中させられるメリットがあります。ファブレス経営を実践する代表的な企業には、Appleやユニクロ、任天堂などが挙げられます。
社外データセンターの活用
社外のデータセンターを活用することで、自社で建物(データセンター)やIT資産を所有する必要がなくなります。結果として、減価償却費をはじめ、各種費用を削減・軽減できるのです。社外データセンターが提供するサービス形態には、主に2つの種類があります。選択するサービスによって、アセットをどれだけ手放せるかが変わります。
サービス提供形態の名称 | 特徴 |
ハウジングサービス(コロケーションサービス) | 機器や電力、回線などの保管・設置場所のみを提供する形態 |
ホスティングサービス | ハウジングサービスのほか、サーバーやネットワーク機器を提供・運用する形態 |
また、データセンターを遠隔地に指定してデータを分散保管すれば、BCP(事業継続計画)やDR(ディザスタリカバリ)をといった災害対策になります。加えて、24時間体制の入退室管理・警備ができるなど、自社で行うよりも高いセキュリティが期待できるのです。
アセットライト経営の事例
以下では、実際にアセットライト経営を実践している会社の事例を3つ紹介いたします。
株式会社西武ホールディングス:ホテル26施設を売却
株式会社西武ホールディングスは2022年、プリンスホテルなど26施設をシンガポール政府系の投資ファンド「GIC」へ売却しました。同社は、2021年からアセットライトをテーマに経営改革を行うことを中期経営計画にまとめており、その一環として実施しています。
具体的には、「オペレーター(運営者)」の業務に集中し、「アセットオーナー(資産保有者)」の役割を手放すことが狙いです。コロナ禍における赤字の要因であった、ホテル事業の人件費や償却費といった固定費を削減し、財務体質を軽くしたのです。
同社は今回の売却により、土地の買収から建設、オープン準備までの業務に携わる必要がなくなります。ホテルの新規展開は、アセットオーナーの提案を受けてから進める形になるので、スピーディーに行えるのです。加えて、ホテルの総支配人は運営業務に特化できるようになるため、専門性の高まりが予想されます。
参考:週刊エコノミストOnline「ホテル資産を売却、運営特化で耐久性と持続性を高める=後藤高志・西武ホールディングス社長」参考:朝日新聞デジタル「西武HD、プリンスホテルなどの売却一部中止 関係者の同意得られず」
味の素株式会社:ROIC向上に向けアセットライト化を推進
味の素株式会社は、2020~2025年度の中期経営計画で、「ROIC(投下資本利益率)」を重要指標と位置づけ、実現に向けてアセットライト化を推し進めています。具体的には、同社が「非重点事業」と位置づけた3つの事業を縮小または売却し、ROICの分母である投下資本の金額を減らす狙いです。
例えば、非重点事業の一つである動物栄養事業の構造改革を行い、約156億円もの資産圧縮に成功しました。同社は、以下のような施策を実施しています。
- 味の素アニマル・ニュートリション・ノースアメリカ社を味の素ヘルス・アンド・ニュートリション・ノースアメリカ社へ統合し、北米における動物栄養事業を縮小
- 味の素アニマル・ニュートリション・ヨーロッパ社の全株式を譲渡
同社は今後、「MSG」「冷凍食品」の2つの事業についても、事業の縮小などを行い、ROIC向上を目指すとしています。
参考:味の素株式会社「味の素グループ 統合報告書 2021」
日本アイ・ビー・エム株式会社:外部データセンターを活用して時間・コストを削減
日本IBM株式会社は、ITシステムの監視や運用保守を代行する「戦略的アウトソーシング」を主力サービスの一つとして展開しています。同社は、災害発生時のリスク対策に関する要望が増加していることを受け、西日本エリアにデータセンターを増設することを決意しました。
しかし、用地選定から自社でイチから行うとなると、多大な時間・コストを要することが懸念されました。そこで採用したのが、外部データセンター事業者の活用です。立地やファシリティ、電源などを選定条件として据え、100以上のデータセンターのなかから業者を選定・決定しました。
同社が実際に保守・運用を行うオペレーション部門「コマンドセンター」は、データセンター事業者の拠点内に開設し、自社で運用しています。アセットライト化を進め、所有と運用をうまく切り離しているよい事例です。
参考:STNet「Powerico(導入事例_日本アイ・ビー・エム株式会社-01)」
アセットライト経営を行い、身軽な財務体質を目指しましょう
アセットライト経営は、近年のコロナ禍などにより注目される経営形態です。事例からわかる共通点は、いずれもノンコアの部分において資産を手放している点です。収益性の低い、または収益に直接関与しない資産を洗い出し、それらを売却・リースへ変更するかどうかを検討してみましょう。特に外部データセンターの活用は、クラウドやBCP対策の必要性が高まるにつれ、多くの企業が採用している施策です。ぜひ一度、データセンター活用も含め、アセットライト経営を実践してみてください。
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